「粋(いき)とはなんでしょうか?。」
私の生業(なりわい)は古美術商ですが、親子三代100年の経験や人脈を活かして、伝統工芸の若い職人達と「物造り」をしており、その実績から時折「日本の物造り」や「日本的な在り方」などの講演を頼まれることがあります。昨年10月に株式会社インナーライズ53の代表・富田欣和氏が主催された講演会「ホンキキ」でお話させていただいた時、参加者の方から「栗原さんにとって『粋』とはなんでしょう。」という質問がありました。その場では「『粋』とは『智』です。」とお答えしましたが、良い機会なので、自分自身への宿題として、改めて「粋」というものを掘り下げ、下記のような図を製作してみました。尚、本図の解説では、中学生にも解るように、集合記号「∈」を使用せず、「+」「−」「=」で表現しました。
富士鳥居「物造り」の一例 : http://www.fuji-torii.com/urushiori/index.html
株式会社インナーライズ53 : http://ameblo.jp/innerrise53
以下が宿題のレポートです。
「粋」の考察
「粋」とは何であるかを考察する前に、先ずご理解いただきたいのは、「粋」とは「形」や「考え方」ではなく「心の在り方」だということです。「粋」を文章や言葉にすると「野暮」になるのですが(笑)、多くの人にご理解いただくために、下のような図を製作してみました。「粋」とは、「真理」と「経験」、そして「知識」の集合であり、「真理」の理解と、「知識」や「経験」の幅と深さ、そして、それぞれの重なり具合によって異なります。

上記の図では、「粋」は「情理」+「道理」+「人知」とも理解できますが、「道理」とは飽くまでも「人」にとっての「理」であり、「情理」とは「天」の「理」に支配された「感情」などとも考えられます。また、「経験」+「知識」を「人知」としたように、「粋」というものは「経験」や「知識」だけの「理屈」だけでは成り立たず、知恵だけの「屁理屈」は「野暮」になります。
「真理」、「経験」、「知識」、それぞれが遠ざかることで「粋」の世界は縮小し、また、それぞれがより近づくことで、「粋」の世界が広がります。但し、この図には人間が持つ「我欲」という部分を含んでおりませんので、参考に下記の「粋と野暮の考察」の図も合わせてご覧ください。
「粋」と「野暮」の考察
下記の図は、「粋の考察」の補足として作成した図であり、「粋の考察」の図に「我欲」の集合を加えています。むしろ、人間の「我欲」を加えたことで、「粋」という「在り方」が鮮明になったかもしれません。※ 本図の解説には、中学生にも解るように、集合記号「∈」を使用せず、「+」「−」「=」で表現しました。
「我欲」を加えたことで、新たに生まれた領域は以下の通りです。「真理」+「経験」+「知識」+「我欲」=「悟」、「経験」+「知識」+「我欲」=「野暮」、「真理」+「経験」+「我欲」=「実践」、「真理」+「知識」+「我欲」=「論理」、「経験」+「我欲」=「理不尽」、そして「知識」+「我欲」=「不条理」としています。

上記の図の文字表記以外にも複数の領域を含む集合があり、それぞれに意味があります。例えば、「情理」+「粋」+「道理」=「楽」、「情理」+「実践」+「理不尽」=「捨て身(反骨)」、「道理」+「論理」+「不条理」=「世捨て(孤高)」、「理不尽」+「野暮」+「不条理」=「苦」、また、「情理」+「粋」+「実践」=「正義」、「道理」+「粋」+「論理」=「正論」、「不条理」+「野暮」+「論理」=「邪論」、「理不尽」+「野暮」+「実践」=「不義」などなど、さまざまに定義することができます。
以上レポート終わり。
さて、読者の皆様はこの図をご覧になってどう思われたでしょうか。まだまだ不備な点もあり、また、例によってタヌキが「言葉遊び」をしておりますので(笑)、色々なご意見もございましょうが、とりあえずはご覧いただき、是非お時間のある時に、ご自分の立ち位置がどこかを考えてみて下さい。
最後まで読んで頂いてありがとうございます。
皆様、ご自分の立ち位置はイメージができたでしょうか。では、その位置から集合の中心を通る対角線上の反対側、ご自分の立ち位置から中心までと等距離の位置をご覧下さい。もしかするとそこに、「悟」に近づくヒントが隠れているかもしれません。ちなみに私は、未だに「義理」と「人情」を行ったり来たりしています(笑)。