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 あなたは外国人に日本の歴史や文化、日本の美術品について質問をされて困った経験をお持ちではないでしょうか。 彼らの真剣なまなざしと機関銃のような質問に、思わずその場凌ぎの答えをしたことはなかったでしょうか。多くの外国人は、すべての日本人が日本の歴史を知り、また茶道の経験があり、能や歌舞伎といった芸能にも詳しいと思っているのです。
 私はこのウェブサイトの二回目の英文コラムの中で、先ずは外国人のこのような誤解を解くために、「すべての日本人が自国の歴史や文化に知識があるわけではなく、また美術品に対して興味があるわけでもないのです。」と記し、また「すべての日本人に茶道や生け花の経験があるわけでもありませんし、さらに能や歌舞伎といった伝統芸能に詳しい日本人は全体の二割にも満たないでしょう。」と書いています。 これには日本の教育の在り方にも問題がありますが、明治の開国によって一気に流入した西洋文明に対する日本人の憧れと、それに追いつかんとする早急な姿勢、そして何よりも戦後の価値観の変化によって、自国の歴史や文化、さらに美術といったこの国の美しさや豊かさを顧みず、それらをないがしろにしてきたことに大きな原因があるのです。



明治の開国以来、日本人自身が自国の歴史や文化、また美術をないがしろにしてきたことが、海外における日本という国に対する大きな誤解と間違った評価を生み、さらに日本美術に関する評価や価値の混乱を招いています。 たとえば、海外で日本美術に関する一般的な説となっているものの中には、かなりいい加減な情報が含まれており、私は美術商としてこのことを憂慮しています。 それは、かつて熱心な外国人研究者やコレクター達が、日本人から得た情報の中に、日本人の思い込みやその場凌ぎで答えられた情報が多く含まれていたことが原因であり、後にそのような情報がコレクターのコメントや研究書として発表され、いつしか一般的な説となっている場合が多いのです。 もちろんこのような誤解は美術品に限ったことではありません。いくら自国のことであろうとも、知らない事は知らないと答えることこそが、何の予備知識も無い外国人に対しては、むしろ誠実な対応であったでしょう。 もちろん、このような誤解を生んだ背景には我々のような美術商にも多くの問題と責任があり、一人一人が深い反省に立って、我々も襟を正す時が来たのだと思っています。
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